コラム / 経理 × 生成 AI

AI は、属人化を解く── 暗黙知が、仕組みの形式知に変わる

2026 年 6 月 24 日

1. 属人化とは、判断が人に貼り付いていること

経理の現場には、「あの人にしか分からない」業務がいくつもあります。仕訳チェックで何を疑うか、原価の配賦をどういうルールで切るか、締めをどの順番で回すか、経費精算のどこを規程に照らすか ── どれも、特定の担当者の頭の中に判断基準が蓄積していて、外からは見えません。

その人が忙しい月はチェックが甘くなり、判断にばらつきが出て、異動や退職で抜ければ品質がそのまま落ちます。これが属人化です。正体を一言でいえば、判断基準が、明文化されないまま個人に貼り付いていること。経理が昔から抱えてきた、構造的な弱点です。

2. 「自動化すれば属人化が解ける」とは限らない

ここで一つ、誤解をほどいておきます。自動化すれば属人化が解ける ── とは限りません。むしろ、道具によっては属人化を強めます。

積み上がった Excel マクロが「作った本人にしか触れない」状態になる。RPA を導入した会社の多くが「作れる人と作れない人」の差で失速する。これらは、自動化したのに属人化が残った(あるいは深まった)例です。仕組みの中身がブラックボックスのままなら、担当者が変わった瞬間に、誰も直せなくなります。

ですから問題は「自動化するかどうか」ではありません。判断基準を、人の頭から仕組みの側へ、見える形で移せるかどうかです。

3. AI に任せようとする行為が、暗黙知を形式知に変える

ここに、AI の利活用が効く核心があります。

AI に判断を任せるには、「何を見て、どう判断するか」を言葉にしなければなりません。税区分をどう見分けるか、配賦をどの基準で切るか、何を異常とみなすか、どういう条件なら承認してよいか ── これらをルールやプロンプトとして書き出して、はじめて AI は動きます。

STEP 1
暗黙知
判断基準が個人の頭に貼り付く
STEP 2
言語化
何を・どう判断するかを明文化
STEP 3
仕組みに乗る
ルール・プロンプト・証跡へ
STEP 4
組織の資産
誰でも回せ、検証でき、引き継げる
AI に任せるために判断を言葉にする ── その過程で、個人の暗黙知が仕組みの形式知に変わる。

つまり、AI に渡すために判断を言語化する、その過程そのものが、個人の頭の中の暗黙知を、仕組みの側に置かれた形式知に変えるのです。属人化の核心は「判断が人に貼り付いていること」でした。AI に任せようとする営みは、それをちょうど逆向きにほどきます。

大事なのは、AI が賢いから属人化が解けるのではない、ということです。効いているのは、渡すために言葉にするという行為のほうです。AI は、その言語化を引き出す相手として、これ以上ないほど役に立ちます。

4. 仕組みに乗った判断は、ムラが消え、検証できる

判断基準が仕組みに乗ると、二つのことが起きます。

一つは、ムラが消えること。誰が回しても同じ基準で動くので、担当者によって結果がぶれなくなります。属人化が生んでいた品質のばらつきが、なくなります。

もう一つは、検証できるようになること。「何を・なぜ指摘し、誰が承認したか」を証跡として残せば、他人が後から追えます。属人化のもう一つの害 ── その人にしか説明できない ── も、ここで解けます。AI が下ごしらえし、人が確認・承認し、根拠を残す。この形にすれば、品質と説明責任の両方が、個人から仕組みへ移ります。

5. 「現場で育てる」── 知識を、個人でなく仕組みに貯める

属人化を本当に解くには、一度作って終わりにしないことが大切です。

効くのは、経理担当者自身が、コードを書かずにルールを足せる設計です。「この取引先のこの科目は毎回見たい」と気づいた人が、その場でルールを追加できる。すると、現場の気づきがそのつど仕組みに反映され、知識が個人ではなく仕組みの側に貯まっていきます。属人化のちょうど逆 ── 業務の知見が、組織の資産になっていく状態です。

6. 「AI で作ると、新たな属人化では?」への答え

ここでよくある反論があります。「結局、AI を使って作ったものは、作った人にしか分からない。新たな属人化になるのでは?」

答えは、むしろ逆です。三つの理由があります。第一に、出力が明文化されていること。判断基準がルールやプロンプトとして書かれているので、読めば分かります。第二に、作られるのが標準的な技術の標準的なコードであること。特定の人だけが扱える代物ではなく、別の人が読んで引き継げますし、別の AI に渡して開発を続けることもできます。第三に、AI 自身が仕組みを説明できること。コードが何をしているかを、AI に解説させられます。

暗黙知の塊である「人の頭」に比べれば、はるかに引き継ぎやすい。ただし、これには条件があります。証跡・ドキュメント・現場が触れる設計を、最初から組み込んでおくこと。これを設計できるかどうかが分かれ目で、そこを担えるのが、業務と会計の両方を理解した人間の役割です。

7. おわりに

AI の価値は、「速くする」ことだけではありません。経理が長年抱えてきた属人化という構造的な弱点を、言語化を通じて解く ── ここに、もう一つの大きな意味があります。

判断を個人から仕組みへ移し、ムラをなくし、検証できるようにし、引き継げるようにする。AI に判断を委ねきるのではなく、人が確認・承認しながら使い、その判断の根拠を残す。会計を理解した人が AI 実装に関わる意味は、まさにこの「判断の外部化」を、正しく設計できることにあります。どの判断を言葉にし、どこまでを仕組みに乗せ、どこを人が握るか ── その線引きから、属人化はほどけていきます。

伊澤剛志公認会計士事務所
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